愛知県がんセンター 様

AI技術を用いてがんゲノム医療の迅速な治療薬選択を支援

愛知県がんセンターは、がんゲノム医療において患者の遺伝子変異情報から有効薬剤情報を迅速に絞り込むシステムを構築しました。富士通のAI技術(情報抽出とグラフ構造化)を用いることで、膨大な医学文献やデータベースを調べる必要のある医師の負荷を大幅に軽減しました。

課題

がん患者の遺伝子変異情報をもとに治療薬を選ぶがんゲノム医療では膨大な医学データからの情報抽出に多くの時間が必要であった

ソリューション

富士通のデータ統合と文献情報抽出AI技術を用いてがん組織の遺伝子変異に対応した薬剤選択や有効性評価を可能にするシステムを構築

導入効果

  • 薬剤情報や治療効果の実験データなどを一元化
  • 薬効の推定や根拠となるデータの探索時間を大幅に短縮
  • 個々の患者に合った薬剤提示で治療効果の向上と不必要な治療を回避
専門医でなくても治療薬が選べ、新たな治療法を提案できる環境構築につながる

愛知県がんセンター研究所 所長
井本逸勢(いもと・いっせい)

120万件

以上の医学文献から特定の遺伝子変異に効果のある薬剤候補を迅速に絞り込むシステムを開発

概要

1964年12月、愛知県名古屋市に設立された愛知県がんセンターは、自治体が運営する日本初のがん専門診療・研究機関。国内の死亡原因のトップに挙がるがんの根本的制圧に向け、高度な診断・治療、基礎・応用研究、専門医療者・研究者の育成などを行う。薬物療法、免疫治療やゲノム医療などの分野で先端医療を推進している。

がんゲノム医療、臨床医の悩み

年間死亡者数が37万人(2020年)を超え、日本人の死因の第一位に挙がるがん。近年、その最新技術のひとつとしてがんゲノム医療が注目されています。これは患者のがん組織のゲノム解析から遺伝子変異を捉え、その情報をもとに有効な薬剤を見つけ出すというもの。愛知県がんセンターはがんゲノム医療拠点病院としてその最前線に立つ医療機関のひとつです。

一人ひとりの患者に向き合い、効果が期待される治療を選択するとともに不必要な治療を避ける治療計画をたてるなど、個々の患者のQuality of Life (QOL)に応じた選択肢を提案できることががんゲノム医療の本質です。しかし、同センター研究所の井本逸勢(いもと・いっせい)所長によれば、がんゲノム医療は臨床医にとってまだまだ課題が多いと話します。特に遺伝子変異に応じた治療薬の候補を探すには膨大な数の研究論文やデータベースを調べる必要があり「日々情報がアップデートされていくなかで、一人の医師が全ての医学情報を網羅的に調べることは困難」と井本所長はその難しさを打ち明けます。

AIで迅速に有効情報を抽出

この課題に対し、2021年10月、愛知県がんセンターのがんゲノム医療のノウハウと富士通のAI技術を合わせ、120万件以上の医学文献から特定の遺伝子変異に効果のある薬剤候補を迅速に絞り込むステムを開発しました。

このシステムで中核となるのは、文献情報を抽出するAI技術(自然言語処理)と外部のデータベースから集められた「がん種・遺伝子変異」「薬剤・薬効」「治療効果の評価実験」などの情報の関連を視覚的に構造化するナレッジグラフ技術です。この仕組みを利用することで、患者のがん種や遺伝子変異などのデータを入力するだけで、臨床医は治療効果が期待できる薬剤や薬効を迅速に検索・評価できます。

システムは、特に使いやすさを優先して改良を重ねました。医師の心をアシストするような使い勝手の良いインターフェースが重要であり、それががんゲノム医療を真に向上させていくことに繋がっていくと考えたからです。また、「医師にとって優しいシステムなので、患者さんにも素早く情報を還元できる」(井本所長)ことも可能となります。

実証実験で効果、今後の期待は大きい

愛知県がんセンターのエキスパートパネル(専門家会議)は、約450人の患者を対象にこのシステムの有効性を判断する実証実験を行いました。その結果、8種の遺伝子変異に対して標準的な治療薬を提示でき、さらに薬効をスコア表示して期待できる薬剤候補を絞り込めることが確認されました。

「早くて正確な意思決定が可能になれば、効果の期待できる治療薬を選択できると同時に効果の期待できない治療薬をリストから外すことができる。また、高度ながんゲノム医療の知識を持つ専門医でなくても治療薬が選べ、新たな治療法の提案ができる環境を整える上でシステムへの期待値は大きいといえます。」(井本所長)。

今後の展開として、「既存のデータベースや論文情報だけでなく、特徴ある独自の情報も参照情報に加えていきたい」と井本所長は語ります。愛知県がんセンターでは、がん組織や細胞を培養したモデルやがん細胞の遺伝子を一部改変したモデルを作製しており、こういった独自の実験モデルから得られる薬剤の効果や抵抗性の情報も加えることで、さらにシステムを進化させることを狙っています。このようにAI技術を効果的に活用していくことは、がん医療の平均的な質を向上させるだけでなく、井本所長が目指す一人ひとりに最適ながん医療の個別化の実現につながります。富士通は今後も同センターとの協働を通じて、多くの方々のウェルビーイング実現に貢献していきたいと考えています。

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