「作る、持つ」から「使う、つながる、組み合わせる」へ

なぜ日本企業のDXは経営層が思う通りに進まないのか? 脱レガシーの突破法を語る

DXとはレガシーシステムの刷新だけではない。レガシーなビジネスモデルの刷新であり、それを支えるITの構築だ。日本企業の基幹システム刷新の障壁がどこにあり、どう突破すべきか。有識者とアイティメディアの統括編集長が語り合った。


企業は、既存事業の維持ではなくデジタルの力で自社の強みを際立たせることが求められている。そこには幾つかの障害があり、レガシー化した基幹システムの取り扱いはその一つだ。特に2027年末に保守サポート終了が予定されるSAP ERPは、マイグレーション工数やコスト負荷が懸念事項に挙がる。

デジタルトランスフォーメーションを推進する上で、ERPに代表される基幹システムの刷新が不可欠だ。予算をはじめ複数の制約がある中で、企業はどのようにモダナイゼーションを進めるべきか。

SAPユーザーであるとともに多数のSAP S/4HANAへのトランスフォーメーションを支援してきた富士通の中江 功(EBAS事業本部 EBASグローバルヘッドオフィス エグゼクティブディレクター)に、アイティメディア統括編集長の内野 宏信 氏(以下敬称略)が脱レガシーのポイントを聞いた。

富士通株式会社 EBAS事業本部 エグゼクティブディレクター
中江 功

アイティメディア株式会社 統括編集長
内野 宏信 氏

ビジネスアプリケーションの未来像 キーワードは「使う、つながる、組み合わせる」

内野: DXに取り組む企業は着実に増えていますが、紙ベースの業務をデジタルに置き換えるといった単純なデジタル化止まりで、DXとして期待した「成果が出ない」と悩むケースが多いようです。デジタル化から着手するにしても目指すべき目標や道しるべが必要だと思います。中江さんは今後のシステムやビジネスの在り方についてどうお考えですか。

中江: 近い将来として2030年を考えたとき、これまでとは違う世界観が広がっていると考えています。キーワードは「使う、つながる、組み合わせる」です。クラウドを中心にあらかじめ用意されたグローバルスタンダードなビジネスアプリケーションを選び、必要なデータとつなげ、組み合わせて実現するのが合理的です。これからは作らないし、持たない。時間と予算をかけて作っても、経営環境の変化が著しい先の見えない世界に素早く対応できなくなるからです。

内野: 「使う、つながる、組み合わせる」という考え方は分かりやすいですね。これまで基幹システムは「守りのシステム」という位置付けでした。今はデータ活用の在り方が差別化要素となっていますし、変化対応力も求められます。

中江: 日本でERP導入が始まって約25年がたとうとしていますが、多くの日本企業は守りのシステムとして既存業務にERPを合わせて導入してきました。パッケージシステムを“素材”として利用したということです。既存業務をそのまま踏襲するためのアドオン開発によりパッケージが崩れ、ERPが本来持っていたグローバルスタンダードな業務プロセス(ベストプラクティスなプロセス)やデータの源泉から結果まで一気通貫でトレース可能であることなどの特徴が消え、変化に対応しにくくなってしまったのです。先の見えない世界ではトライ&エラーのサイクルをいかに素早く回し、お客さまのニーズにスピーディーに対応するかが重要です。

内野: 役立つものは柔軟に取り入れなければならない。基幹システムはそうした時代の「攻めのシステム」であると捉え直すと、見方はだいぶ変わりますね。攻めのシステムとして考えるに当たり、重要になる考え方や着眼点はありますか。

中江: これからの基幹システムが攻めのシステムとしての側面を持つためには、蓄積されたデータを業務として流していくこれまで通りの使い方はもちろん、市場トレンドやお客さまの動向の源泉が蓄積される「お客さま接点」の一つであるという捉え方が重要だと考えています。そのデータを基に事業部門やIT部門に関係なく、組織全員がデータ起点でビジネス価値を創出することが求められています。

「刷新」すべきはシステムではなくビジネスとルール

内野: その意味ではDX人材が注目を集めていますが、うまくいっているケースは限定的です。

中江: DX人材は「D人材」と「X人材」に分けて考えると分かりやすいと思います。D人材はデジタルに強く、最新の技術やデータをハンドリングできる人材。X人材はビジネスのトランスフォーメーションを担う人材です。D人材だけではAs Isは描けてもDXというキーワードにおいて成果を生み出すことは難しい。To Beを考えて新たなビジネスモデル、プロセスや組織変革を進めるX人材が求められますが、このX人材が少ないのです。だからこそ基幹システム導入に関わる人がXの視点をもって取り組むことが望まれます。

内野: 経済産業省の「DXレポート」も当初は誤解されていました。刷新すべきはレガシーなビジネスの在り方です。それが「レガシーシステムを刷新すべきだ」と捉えられてしまった。本来はデータを起点とするアジャイルなビジネスの在り方に変え、それを支えるITシステムに変えるという話ですよね。ERPはまさしく経営システムですから、その刷新は経営の在り方を変えることに他なりません。中江さんはレガシーなビジネスの刷新が進まない原因は何だとお考えですか。

中江: ERPを経営基盤として十分に考えておらず、ERP導入による明確な目的やゴールを設定せずにITシステムの刷新として捉えられたのが要因の一つと考えます。

内野: ITと経営が分断され、IT部門が目的を告げられないまま一方的に要請を受ける立場であったこともアドオンによるERPの複雑化や大規模化の一因になったと言えるかもしれませんね。

中江: そうですね。経営と業務とITが有機的につながっていて、その中で意思統一がされていることが重要だと考えています。近頃はITと経営を一体と見なす経営者が着実に増えています。ERP導入をITプロジェクトではなく、経営刷新プロジェクトと考える取り組みも増えていると感じます。

各社固有の目的とゴールを設定し、経営基盤を一緒に改善し続ける

内野: ではERPシステムの刷新を実現するポイントを教えてください。

中江: まずはERP刷新の目的とゴールの設定をしっかりと見定めることです。そして適切な手段を選択することが重要となります。中期計画や経営方針などを基に目的を見据え、経営、業務、ITに横串を通して「適切な手段」を検討することが肝要です。当社は、このような経営システム刷新の実現に向け、経営層だけでなく業務部門やIT部門の方の意識合わせをしながらプロジェクト推進を支援しています。ERPシステムの刷新を「保守切れだから」ではなく、「DXの土台を作る」という意識に変えることが大切です。

内野: DXの土台となるシステムには、データの流れをスムーズにすること、ユーザーが業務データをリアルタイムかつ柔軟に活用できるようにシステムをシンプルにし、それを実現するクラウドパッケージにすることなどが求められますね。おのずとS/4HANAの導入が合理的なことは理解できるのですが、特に2027年の保守切れ問題に直面するSAP製品を活用されているお客さまがS/4HANAに移行するに当たって何から始めれば良いかお聞かせください。

中江: 既存のSAP ERPにおける独自の運用、独自のアドオン機能の必要性について見直していただきたい。S/4HANAは標準機能でほとんどのことに対応できます。また、周辺業務の関連製品の充実や、クラウドを活用した接続プラットフォームの提供により、アドオンに頼らず「使う、つながる、組み合わせる」ことがしやすくなっているのです。ERPはヒト、モノ、カネをつかさどる経営システムですから経営基盤としてアップデートし続けることも重要ですが、これにも対応しています。

内野: S/4HANAへの移行方法として、新規に業務プロセスとシステムを再構築する「GreenField」とアドオンを含めて既存データやプログラムを再利用する「BrownField」があります。前者は一定の予算と構築期間が必要になり、後者は新機能を積極的に利用するという運用変更が難しいことや定期的にあるS/4HANAのバージョンアップ対応工数が懸念点とされています。

中江: そこで富士通が提案するのが「BLUEFIELD™」です。これは、ドイツのSNP(Schneider-Neureither & Partner)のソリューションを活用し、アプリケーションとシステム/データを分け、選択的な移行を実現することに加え、富士通の業務ナレッジにより、必要とされる領域に業務の再設計を行うことができるGreenFieldとBrownFieldのいいとこ取りをするアプローチです。

第3のコンバージョン「BLUEFIELD」で実現する柔軟なシステム移行の図
第3の移行アプローチであるBLUEFIELD™とは(出典:富士通説明資料)

中江: 2020年に富士通はSNPと日本企業で初のプラチナパートナー契約を結び、当社が持つ業務ノウハウを組み合わせることでS/4HANAへの移行を単納期、低コストで実現できるようにしています。また、自社のリファレンスをフル活用して、分析・設計から計画・導入フェーズまで価値を提供することができます。

内野: 各社固有の目標とロードマップを共に考え、伴走するのですね。

中江: はい。富士通は目的とゴールを設定し、技術見解やプロジェクト経験を踏まえゴールに向かうための現実的な手段をご提案させていただいています。

BLUEFIELDによるコンバージョンイメージの図。システムとデータを分離・選択して移行する
BLUEFIELD™による移行イメージ(出典:富士通説明資料)

内野: なるほど。システムインテグレーターにも新たな認識や役割が求められているということなのでしょうね。

中江: そうですね。われわれもシステムインテグレーターではなく「テクノロジーナビゲーター」や「サービスインテグレーター」として伴走できる体制を整えることが重要だと考えています。私も参加していたジャパンSAPユーザーグループ(JSUG)主催のERP再定義委員会から冊子『日本企業のためのERP導入の羅針盤』がPDFで提供されています。多様な取り組み事例を紹介しているので参考になると思います。

内野: 最後に、ERP刷新に取り組む読者にメッセージを頂けますか。

中江: 企業が元気であり続けるためにはビジネスを循環させる必要があります。その基盤となるのがヒト、モノ、カネをつかさどる経営システムとしてのERPです。ERP刷新とは企業を元気にする源になるもの。現在、富士通自身もグローバル規模でERP導入に取り組んでいます。そこで得たノウハウとこれまでのお客さまとのプロジェクトで培った知見と実績を生かして、お客さまと共に元気になっていきたい、ゴール設定から手段の提供まで伴走し、支援していきたいと考えています。

※本稿は2022年3月に取材した内容を基にしています。登場する人物の所属、肩書は当時のものです。
※本記事は「ITmedia エンタープライズ」サイト掲載内容を再録したものです。

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